きっとまだ限界を知らない

大学現役合格を目指す私の日記。大きな試験をを控えている方、是非切磋琢磨して共に頑張りましょう!

すみません


受験合格日記!みたいなスタンスでブログ始めたにも関わらずやる気を失ってしまってすみません。



若くして生意気だと思われるかと思うのですが、

思っていることを綴ります


私は自分がこの先どうやって道を開いてどう暮らしていって、どんなことに喜びを感じどんなことに失望するのか、という諸々に関して大方分かってしまったような気がするのです。


確かに思ったような喜び以上の感情がこの先あるのかもしれない、でもだからって何?それを純粋にああ幸せだって感じるだけじゃない?


想像出来るからこそ、それをどう楽しめっていうのか分からなくなった、という次第でございます。




何のために生きているんだろう?




そんな問いの答えなんて本当は無い



ただそこに答えが無いっていう単純な答えが転がっているだけ



自分のことだってそう


誰に相談しても同じようなありふれた答えしか返ってこない


それを他人のせいにしたいわけじゃない。


生まれてから今まで、なんだかんだ上手くいってた。全部自分の想像通りだった。それが当たり前だった。


いつも心の中で最悪の事態を予期してた。でも予期した最悪の事態は1度も起きたことがなかった。最初にそれが分かった時、ああ世界ってこういう風に出来てるんだ、一人一人の歯車が上手く周囲と噛み合うように、絶妙なバランスで世界は回ってるんだ、そう思ってた。

でもきっとそうじゃないんだと今になって思う



個人の間違った決断、そのたった1つが歯車の歯を錆びさせ、劣化させ、動きを鈍らせる。


錆びさせるには少し早かったように思うが、、。



少し話は逸れてしまったが、

世界が回る絶妙なバランスというのは、神の見えざる手が各個人の欲望を均衡に導いているように思えるが、それは違ったということだ。


神、というと何か宗教チックに感じるがここでいう神というのは世界を均衡に導く力(仮)を指すと思っておいて欲しい。


確かに神はある程度の調整はしてくれる。しかしやはり個人の大きな過ちには対応しきれないのだ。


とは言え何年も信じ続けてきた理論が正確でないと気づくと心にぽっかり穴が開いた気分だ


どうして何も考えずに、いい意味で、馬鹿でいられなかったんだろう


私は最後に大切なことに気づいた。

でももう取り戻すことは出来ない。

そしてこれ以上繰り返したくない。

この負のループから抜け出すための方法はもう1つしかない。